なぁんにもわかっちゃいない。
黒沢透子という人は、僕の伯母さんにあたる人で、いやいやながら保護者役をしてくれた人で、たぶん黒幕で、年の離れた友達だった。
僕の父親は嘘つきで、自分勝手で、大切な人だった。
どれが始まりなのか、どこで終わるのか。
なにが正しいのか。
そんなことは全くわからないけれど、この次の瞬間を期待している微かななにかがいたことだけは確か。
いつの日か、どこかでした、どこにでもあるような約束を君は覚えているだろうか。
今でも、その約束を守りたいと思う気持ちには変わりない。
君は、今、どこにいる。
誰かに呼ばれたような気がして、立ち止まり、振り返ってみた。
なにもない。
足跡が描いた点線だけが残っていた。
杞憂かもしれない。蛇足かもしれない。
でも、それでも、「確実」に君に出会いたい。
それをわがままというのならば、歴史に悪名を轟かすわがままと呼ばれても構わない。
決して消えることはない。
この記憶が残らず消されたとしても、細胞が君覚えている。
君はここにいる。
何か違うと感じながら、何が違うのかはわからない。
得体の知れない不安を持ちながら、そんな不安を感じることに安心をする。
足りないものは、一体、何だというのだろう。
何が正しいか、何をもって過ちというのか。
あまりの無力さに干からびそうなのに、無力であってほしいと願ってしまう。
この手で掴むことのできない光を求めている存在に実体は必要なのだろうか。
「そっちは落ち着いた?」
その日、定期報告のためにオフィスに戻った男は、久しぶりに会った同僚の言葉に、そう願いたいとだけ答えた。
「目処くらいはついた?」
色よい返事とは思えない男の言葉に、同僚は質問を変えた。
「これからがヤマだろうって目処が。そっちは?」
「まだまだ。欠けている情報がある」
「OK、じゃ、少し探ってみる」
「ありがとう」
「仕事だからね」
同僚は静かに目を閉じ、細く長い溜息をついた。
「無理するなよ」
「それより、あいつは見つかった?」
男の質問に、同僚は静かに首を横に振った。
「正直、何が正しいのかわからない。それにどこか罪悪感を抱えている」
「誰にもわからないよ。そんなこと」
「そうだね」
力の感じられない同僚の言葉に、一つの可能性を口にする。
「もしかして、この仕事就いたこと後悔しているのか?」
心配そうに視線を送る男に同僚は、視線だけを動かして口を開いた。
「後悔しかない考え方なんて真っ平だけど、後悔のない時間なんてクソ食らえだ」
オフィスという場所に相応しいとは言いがたい表現で返す困った同僚に苦笑いした。