仮レ宙

14, Travel broadens mind.
《旅は知性を広げる》




「俺、そろそろ帰るよ」
調子に乗って作ったラッシーを飲み干し、誰もがお腹を膨れ上がらせた頃、ハチは時計を見て、そう伝えた。
「泊まっていけばいいのに」
名残惜しそうなゴウをコクトウは、本当に一蹴した。
「どこにそのスペースがあるって? えっ、居候」
凄みをきかすコクトウにゴウが怯えていると、コクトウはハチのほうに向き直った。
「でも、寂しいなら泊まっていいわよ。ゴウがベランダで寝るわ」
「寝ない!」
「じゃあ、仕方ない。ゴウとミューに挟まれて暑苦しいまでの愛情を感じて寝ることになるわね。床で」
ハチは苦笑いしながら、玄関に向かった。ハチが、おじゃましました、と言って、ドアを開けると、見知らぬ大男が目の前に立っていたのが目に入った。ダークスーツにサングラス。いつもなら、夜間なのに、とツッコミを入れたいところだが、そんなことをしている様子ではない雰囲気にゴウは戸惑った。
「どちらさまでしょう?」
コクトウがドアノブを持つハチの肩越しに聞いた。ひどく冷ややかな口調だった。
「あなたを守りに来ました。黒沢透子さん」
本当に本物のストーカーとご対面だという恐怖に、ゴウの背中は凍りついた。コクトウは後ろにいたミューに目配せをした。
「あいにくだけど、セコムなんてお願いしてないわ。資産もないし。いい? 『アナタヲマモリタイ』で落とせるのは、もう少し上の世代よ。第一、守るって、一体、何から守ろうって言うの? そこいらへんをよぉく教えて頂戴」
コクトウが怒涛の口撃をはじめたのを確認して、ミューは密かに部屋の中へ隠れ、百十番通報をした。
「あなたはまだ、自分の身に迫る危険を知らない」
コクトウを見下ろすようにそう話す大男にコクトウは鼻で笑った。
「あら、私は今が一番危ないと思うわ」
言い終える前に、コクトウはハチごと引張りドアを勢いよく閉めた。しかし、閉めたはずのドアには僅かな隙間が残されていた。大男の足が、ドアが完全に閉まることを防いでいた。
「さすがですね。油断ならない」
口元を上げた大男にコクトウは、ドアの隙間から、睨みをきかせた。
「お褒めいただいて、とても光栄です。でも、あなたほどではないわ」
コクトウはハチを部屋の中に押し戻し、ドアノブを力の限り引きながら、近づいてくるパトカーの音を確認した。
「余計なことを。騒ぎを起こしたくなかった」
「必要なことをしたまでよ」
コクトウは冷たく言い放った。車のドアが閉まる音が聞こえた。
「手伝って」
コクトウは後ろを振り返った。ハチとゴウがコクトウの近くに駆け寄り、遅れて、ミューも加わった。
「警察が到着するまで、このままの状態にするの」
近づいてくる足音に、コクトウがニヤリと笑った。
「もうおしまいね、ストーカーさん」
「ストーカーじゃない」
大男はスーツの胸ポケットに手を入れた。
「何をするつもり?」
コクトウの言葉は空気に溶けた。
コクトウが持っていたはずのドアノブもハチが持っていた防犯チェーンも、ゴウやミューが二人の後ろで支えるために踏ん張っていた床もなくなっていた。上も下も、縦も横もないような空間に吸い込まれたような気がした。直前に聞いた警察官の足音ももう何も聞こえなかった。

何も映らない真っ暗な景色が広がった。
ドサッ、ドサッと、荷物が投げ入れられたような音が無音だった空間に響く。
「痛っ」
腰から叩きつけられたような痛みを感じて、ゴウは叫んだ。
「うおっ」
そう遠くないところから、コクトウの色気の感じられない短い叫び声も聞こえた。耳を澄ますと、ハチやミューの声も聞こえた。目が慣れてきたのか、真っ暗に見えた空間でも視界を確保できるまでの明るさが見えた。
大男の一番近くにいたのは、コクトウだった。そのすぐ後ろに、ハチとゴウが、さらに少し後ろにミューがいた。
「余計なのも増えたか」
独り言のように大男は呟いて、スーツについたほこりを落とすような仕草をした。
「ここどこ?」
ミューの声が空間に響いた。
「次元倉庫」
「何それ?」
コクトウの声が聞こえた。暗さに慣れ始めた視界は、少なからず多くの情報を取り入れ始めた。暗い空間には幾重にもロールスクリーンのようなものが並んでいる。天井が見えないほど大きなスクリーンには、小さな泡がいくつも付着しており、その泡は短時間のうちにブクブクとその数を増やしていった。
「ほかに説明のしようがない」
大男はコクトウたちのほうに顔を向けた。暗闇に、サングラス。さすがのゴウも呆れさせる威力があった。ただのストーカーではないと、誰もが認めざるを得ない状況だということに気づいてはいた。もちろん、ゴウの頭の中にもとあるBGMが流れ始めていた。
「このスクリーンみたいのに付着している泡のようなものはなに?」
ミューが一枚のスクリーンを指差した。
「それぞれの次元」
「どういうこと?」
「それぞれの次元の中には、それぞれ別の世界が広がっている。次元は可能性の数だけあると考えられている」
「こんなことが」
ミューとコクトウは空間を見回した。
「なにそれ?」
口を開けているだけだったゴウが、その口を動かした。
「つまり、君たちもただの可能性の一つに過ぎない」
「あんたもね。でも、私たちはただの数じゃない。それで。どこの『可能性』に連れ込もうっていうの?」
不服そうな表情で腕を組んだコクトウが聞いた。大男はコクトウを一瞥したあと、顔を正面に向けた。
「ボスのところ」
ついて来い、というように左手を動かし、大男は進み始めた。大男の後ろに、コクトウ、その後ろに、ミュー、ゴウ、ハチと並んで、ロールスクリーンの間を進んだ。四人は顔を左右に振りながら、空間を進んだ。ゴウが、別の泡とは違う光を放っている泡を見つけ、立ち止まった。コクトウが後続の異変に気づいて、振り返った。ゴウはジェスチャーと口の動きで、逃げようと伝えた。逃げたとしても、元に戻る方法がわからない状況では具合が悪い。ダメ、とコクトウは同じようにジェスチャーで伝えてきた。
頬を膨らまして、ゴウは光る泡があるスクリーンに近づいた。コクトウは、観念したという表情を作って、大男の前に回りこんだ。
「ねえ、多くの次元があるのはわかったけど、どうやって行き来するの?」
大男の顔を下から覗き込むように見て、コクトウは聞いた。
「入るときは吸引力があるから手を伸ばすだけで入れる。出るときは穴にフックを引っ掛けるんだ」
大男は短く質問に答えて、胸ポケットから釣り針のような形をしたものを取り出して見せた。
「すごぉい」
コクトウには珍しい艶のある声だった。コクトウは、大男の顔をなおも下から見上げるように見つめながら、右手を大男の胸元に、左手を右手に滑らせた。
「ほかに何ができるの?」
胸元をなでるように右手を動かしながら、コクトウはしっとりとした声で聞いた。左手を大男の右手に滑り込ませた。大男は何をするんだと困惑と不審、微かな期待の入り混じった表情でコクトウを見た。ゴウたちがスクリーンに手を伸ばしていた。コクトウの右手は滑るように動き、大男の顔の輪郭をなぞったあと、眉間を一突きした。大男がよろめいた。その瞬間を見逃さず、コクトウは大男の股間を力の限りを込めて蹴り上げた。大男の全身の力が緩んだ一瞬を見逃さず、コクトウもゴウたちのあとを追った。
コクトウが目当てのスクリーンにたどり着いたころには、ゴウの体はすでに見えず、ハチの柔らかそうな髪の毛だけが、わずかに見えるばかりだった。

ドサッという音とともに、本日二回目の強い衝撃がゴウの腰を襲った。
「痛い」
涙目になりながら、腰に手をあてるゴウの鼻に、緑の草の匂いが入り込んできた。周りを見回すと、同じようにミューもハチも腰をさすっていた。
ゴウが体制を整えていると、ミューの後ろの何か緑のものが動いたように見えた。目をこすって、もう一度、その何か動いたものが見えたあたりをじっくりと見つめたが、そこにはただ草と少々の花が咲く茂みあるだけだった。
「大丈夫?」
ハチがまだ立ち上がれないでいるミューに手を貸しているのが、後ろの茂みを見つめ続けるゴウの視界にも入ってきた。女帝に手を貸さなかった落ち度により何らかの罰が与えられるかもしれないとゴウはその身を震わせた。
「ああ、ありがとう」
ハチの手を右手でとり、左手は腰をさすりながら、ミューが立ち上がった。ササッという風が草木を軽く揺らしたような音が聞こえた。その音に気づいたのか、ミューは振り返り、目を凝らした。そこには変わらず、静かな茂みがあった。
「どうしたの?」
突然、振り返ったミューにハチは問いかけた。
「物音がして」
「風じゃないの?」
ミューは静かに首を横に振った。
「風は吹いてなかったよ」
ゴウがミューの代わりに答えた。
「そうだよね」
やっぱり適当に言っただけか、とゴウはハチを軽くにらんだ。ゴウは、ハチがいつも何かを誰よりも早く感じているのではないかと疑っていた。
「なにかいるの?」
警戒するようにゴウは、茂みに向かって声をかける。微かに、茂みの葉が揺れた。
「姿を現してほしいな」
ハチも半ば独り言のようにつぶやいた。何かがいるようなのに、そこには人の姿はもちろん、猫の気配もなかった。ただ、何かがいるという意識は拭い去ることができない。
「なにかに見られているようで、落ち着かないわ」
確かに、何かの視線を感じていた。三人は知らずに身を寄せ合うようにして、視界のよい野原から茂みを睨みつけた。
「ねぇ、ここって」
ゴウが何かに気づいて二人に話しかけた。
「うん。気づいた」
ハチがゴウの言葉に頷いた。
「どうしたの?」
なおも茂みだけを見ていたミューが、心ここにあらずというような口調で聞いた。
「河川敷だよ」
ゴウの言葉に、興味がないといった様子だったミューもようやく茂みの右奥に光を受けて輝く川面を確認した。
「ミューが壊した家の人が隠れてるんじゃない?」
茂みを指差しながら、ゴウはミューを見た。
「まさか」
その可能性は拭い去れなかった。けれど、はやりそこには人の気配すら感じられない。何かを決意したような表情になったミューが小さく頷いた。
「動かなくても動いても危険ということに変わらないなら、動く」
ミューは茂みに向かって歩き始めた。
「姿を現しなさいよ」
河川敷中に響き渡るような大きな張りのある声でミューは叫んだ。ゴウとハチは、慌ててミューのあとを追いかけた。
茂みのあたりから、再び、葉が風になびくような音が聞こえてきた。いまだに、人気はない。けれども、風もないのに、葉が揺れる音が響く。
「とっとと出て来い」
我慢の限界というように、ミューが凄みをきかせて怒鳴った。ゴウはコクトウに通じるものをミューも確実に持っていると確信していた。そのミューの声に、それはようやく姿を現した。
「うるさいな」
不機嫌そうに返事をしながら、ミューの前に身を乗り出したのは、ピンク色が目を引く、花、だった。
「えっ」
ミューは言葉を失った。ゴウもハチも頭の中が真っ白になったというように何も考えられなかった。
花は土の中に埋まっていた根を、よっこらしょ、と言いながら、自ら抜き出し、その根を足のように、葉を手のように動かしながら、三人のほうへ歩いてきた。体長は二メートル弱というところだろうか。「長い」という印象を与える形だった。一歩一歩進むたびに、根に絡まっていた土がポトポトと落ちていく。しっかりとした足取りなのに、浮かれたように体全体が上下する。ふわりと葉が揺れるその様は、どこまでも優雅だった。
ミューは目を幾度となく瞬かせ、ゴウの開いた口は閉じるということを忘れてしまったかのようだった。
「なに、これ」
空気を震わせて、ようやくハチの発した声が二人の耳にも届いた。
「これって、礼儀の欠けた奴だな」
花、の萼が上下に動いた。花びらばかりが目についてしまったが、どうやら萼が人でいうところの顔のようだった。
「じゃあ、なに?」
「モノ扱いかよ」
ゴウが言い直した言葉も気に入らないという様子で、花は葉を正面で組んだ。
「だ、だれ?」
仕方なしにミューは訂正を入れた。花は、正面で組んだ葉を解き、少し持ち上げるようにした。
「名前を聞くなら、まず自分から名乗るのが礼儀だろう。これだから常識がない奴は困る」
花は溜息をついた。ミューは、首を横に振りながら、ゴウを見た。その目は、ついていけない、と語っているようだった。
「僕はゴウ、お前は?」
一息ついて、ゴウは自分の名前を伝えた。
「癒し系で、小悪魔タイプ、こう見えても意外と家庭を大事にする属、たまには自由になりたい派で……」
花は、得意げに自分の葉の裏についた丸いプツプツしたものを示しながら、説明を続けた。
「なに、それ」
心から疲れたというように、ミューは呻き声を上げていた。カルチャーショックが大きい、と呟いたハチにゴウは小さく頷いた。
「太陽ないと死んでしまうわグループで、美系、水オタク、土マニア、草フェチで、花壇住民で……」
「まだ続くの?」
額に手をやってミューは溜息をついた。
「名前は?」
ミューの様子に危機を察知して、止まらない花の説明を遮り、ゴウは再び問いかけた。
「だから、上流クラスで……」
「それは名前じゃない」
なおも続けてプツプツしたものを示す花の言葉を遮った。「アブラムシがビッチリついてるみたい」というミューの感想をもたらした葉の裏を、うっかり見つめてしまったゴウは鳥肌とともに後悔が襲ってきた。
「名前なんてない」
「どうして?」
花とゴウが会話している横で、ミューとハチは、「キモチワルイ」と言って、お互いの鳥肌が立った腕をのんきに見せ合っていた。
「名前なんて必要ない」
「必要だよ」
 自信を持って答えるゴウに花は、左眉を上げるような仕草を見せた。
「なぜだ?」
「だって、名前がなきゃ、だれだかわからない」
「名前がなくとも、貴様は貴様で、オレ様はオレ様だ。何がわからない?」
花は胸を張り、全身でゴウを見下すような仕草を見せた。
「遠くにいるときとか、いっぱい人がいるときとか?」
「オレ様はオレ様で、オレ様の前にいる奴は貴様に変わりないだろ」
「うっ」
ゴウは不本意ながら、反論ができずに俯いた。
「名前はなくても、これだけ属していれば問題ない。これがIDタグだよ」
花は、夏の暑さにも負けずに三人の鳥肌を誘う葉の裏にびっしりとつけた黒いプツプツを見せつけるように指差した。名前が必要だと感じているのに、強く反論できないことがもどかしく、苛立たしい気持ちを持て余していたゴウは顔を上げる。目に飛び込んだのは、何かを連想させるようなプツプツしたもの。鳥肌をさすりながら観察すると、そこには確かに「モラル型」「ピンク系」「情熱的」という文字が入っていた。
「でも、この『系』とか『タイプ』とかって、一人じゃないじゃない」
言い返したゴウは、ハッとした。「人」じゃない。単位が違う。
「個体をわける必要なんてない。属性に当てはまればそれでいいんだ」
「変なの」
堂々と答える花に、ゴウはポツリと呟いた。
「変なのはお前たちだ。タグは?」
花は品定めでもしているのか、葉を前に組んで、三人の周りをくるくると回った。
「タグがないっ」
これは一大事だ、というように、花は、全身をピンと伸ばして、叫んだ。
「名前がないよりマシよ」
ようやく調子を取り戻した様子のミューが、腕を組んで睨みをきかせていた。
「名前もタグもいいけど、その前にここ、どこ?」
ハチが緊迫する空気を割って問いかけた。
「カダン」
その短い答えに、ゴウはハッとした。
「花、フラフラしてちゃダメだよ! 早く植わって」
そして言葉を話すなんていう変な事態も夢だったことにしてくれ、とゴウは願った。祈るように花を見るゴウに、花は溜息をついた。
「『カダン』はただの地名」
常識知らずの三人に冷たい口調で答えた。
「嫌な奴」
ボソッと呟いたゴウの言葉は花にも聞こえたらしく、ゴウは花に花粉を吹き付けられた。
「何するんだよ。この」
呼び名に困ったゴウは、言葉をそこで切った。
「フラフラフラワー」
紹介されたタグの名前も覚えていないし、名前もない、悪口を言おうにも「花」では、他の花が可哀そうだと考えたゴウは、目の前の花に向かって大声で叫んだ。
ゴウの命名にミューが、ゴフッ、と吹きだした。ハチは、やるなぁ、と感心していた。
「それは、オレ様の名前か?」
フラフラフラワーはうろたえたように、二歩三歩と後退すると、突然、近くを飛んでいた蜂に話しかけた。
「至急、ID卿を。タグ名は『名付け親クラス』」
蜂はその言葉が終わるや否や、草むらの中に消えていった。
「ID狂?」
ミューが訝しげにフラフラフラワーを見た。フラフラフラワーは、ここで生きていくにはタグが必需品だ、と言ってゴウを見た。
「でも、僕たちには必要ない」
フラフラフラワーが葉をゴウのほうへ向けた。その瞬間に、またアブラムシが目に入ったのだろう。
ミューが口元を手で押さえながら顔を背けた。
「名前もオレ様には必要なかった。しかもセンスがよくない」
フラフラフラワーはそのセンスがいいとは言いがたい名前をつけられてしまったにも関わらず、どこかうれしそうだった。たまに聞こえる風の音しかなかった静かな茂みの辺りから、ブーンという羽音が聞こえてきた。
「でも、貴様が勝手に与えた。だから、オレ様も貴様に勝手に与える」
フラフラフラワーは葉を茂みのほうに伸ばした。葉の上に、黒い粒が飛び込んできた。フラフラフラワーが黒い粒を地面に落とすと、黒い粒は、ゴウの身長の半分くらいの大きさの二本足で立つ狸に見えた。狸は、ゴウが教科書の中でみた中世の貴族が着ていたようなフリルのついた服を着ていた。
「ID卿だ」
突然の出現に驚き、その姿に目が釘付けになっている三人にフラフラフラワーが紹介した。
ID卿は、会釈をすると、フラフラフラワーの手に一円玉ほどの大きさの鈍く光るものを置いた。フラフラフラワーは、ありがとう、とID卿に言うと、ゴウのほうに鈍く光るものが置いてある葉を差し出した。
「受け取っておけ」
ゴウがしぶしぶ、フラフラフラワーの葉から鈍く光るものを受け取ると勝手にゴウの左腕にくっついてきた。恐る恐るそれを見ると、そこには「名付け親組」と彫られていた。
「いらないよ。こんなの」
ほとほと疲れたというようにゴウは溜息をついた。
「それを言うなら、オレ様にも名前は必要ない。花形で、左脳タイプで、緻密型で……」
「わかった。これは僕にも必要だ」
果てしなく続きそうなフラフラフラワーの説明をさえぎるようにしてゴウはうめいた。そんなゴウの腕を満足したように観察し始めた。
「親ときたら『クラス』だろ? なんで『組』なんだ?」
上からタグを見たフラフラフラワーが、ID卿に確認していた。
「デザインが美しくなかったんですよ」
ID卿のあっさりとした返事に、フラフラフラワーは、それでは仕方ない、と応えていた。
「ゴウ、す、素敵よ」
ミューが精一杯の慰めを口にした。
「これは新学期が始まるまでにとれるのかな?」
六年一組に属しているゴウが新学期に一人ぽつんと、六年名付け親組というクラスにいるという恐ろしい白昼夢をゴウは見た気がした。悲しそうな表情で溜息をつくゴウに、ハチが大丈夫だと思う、と言って勇気づけてくれていた。
「それより、ここ、わたしたちの言葉が通じているのが不思議なくらい、違和感たっぷりな場所なんだけど、どこに行けば、元に戻れるの?」
「さあな?」
「フラフラフラワー、教えてくれ」
「女王にでも会えば、どうにかなるんじゃねえか」
ゴウの懇願に、渋々という態度ではあったものの、フラフラフラワーが答えた。
「女王はどこにいるの? 知りたいのはそこだよ」
「知らないな。下流じゃないのは確かだろう」
フラフラフラワーは、「嘘つけないタイプ」のタグを示しながら言った。こんなのと同類かと思うと、ゴウの溜息はさらに大きくなるのだった。
「ありがとう」
「礼を言われるほどのことじゃない」
フラフラフラワーのアブラムシ、いやタグのおかげで元気を奪われていたミューが、ヨシッ、と気合を入れていた。
「それじゃ、目的地は決定ね」
そうとわかれば出発だというように、三人は上流と思しき方向に目を向けた。再度、三人でお礼をいい、その場から離れた。フラフラフラワーがズボズボと足を土の中に入れているのが、振り返ったゴウの目に飛び込んできた。
花の匂いが縄張りを主張するように、漂ってきたのを感じていた。ゴウは匂いを振り切るかのように、勢いよく、上流の方向へ向き直った。

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