仮レ宙

17, Circumstances alter cases.
《全体の状況が個々の立場を変える》

22, In unity there is strength.《団結には力がある》 世の中の会議というものの大半は無駄だともいう。それは、退屈この上ないその時間を睡眠にあてることなく、真面目な演技を続けるという、人生においての苦行の一つと認定されるような存在であることもまた事実だった。 「狙いは、111NNTKPJT0290xxの黒沢透子」 緊迫した声が会議室に響き渡った。参加者は、息を飲み、緊張を走らせる演技をしなければならない。たとえ、その情報が古くても。それが作法であり、礼儀であり、流儀だ。 「何事もないと思うけど」 寝不足の体では演技力は十分に活かされない。けれど、演技の放棄は、すなわちサラリーの放棄をも意味する。結果、反論は特定者にしか聞こえない囁きにしかならない。相槌を求められたものは、なおも進む演説に感動したかのように見せかけて、大げさに頷く。 「そこに鍵があると踏んでいるようだ。これは我々にとってもチャンスだ。おそらく、求めている答えもそこにある」 必死で眠気を噛み殺す真剣な眼差しに見守られ、その演説はますます熱を帯びたものへと変化を遂げる。その熱が、また参加者を眠りの世界へと誘うことに一役買う。ここでは睡眠導入剤は必要ない。体に優しい睡眠スパイラルが渦巻いている。 「マジで?」 自然と心地よい体勢へと移行する体を、心地悪い状態へと戻しながら、同じように睡眠不足で演技力の低下を嘆く隣人に問いかける。 「さあ」 演説に感嘆する演技に力を込めながら、言葉を返す。 「ターゲットの安全を確保するため、万全を期して、信頼のおける人物に保護観察任務を依頼した」 窓 窓 窓 窓 窓 窓 窓 隙間を見つけて、進入しろ 窓 窓 窓 窓 窓 窓 窓   虫 虫 虫 虫 虫 まだワーカーが足りない 虫 虫 虫 虫 虫 虫 虫 数がそろえば、どうにかなる   虫 虫 虫 虫 虫 虫 どう動いたらいいかわからない そりゃ大変だ 女王様に相談だ 「なんだか、すごく小さい声が聞こえてくるけど」 「言わないで。見たくないの」 「ああ、これ?」 クネクネと全身を使い、這いつくばって動く小さな存在を指差すハチをミューは睨んだ。 「SP、これ、なに?」 ゴウはSPを見上げた。ありがたいことに、SPはこの世界に精通していた。SWは、SPは冒険家だと教えてくれたが、SPはそんな立派なものじゃないと否定をしていた。 「働きワーム」 「働きアリのほうがマシだわ」 ミューはその列から距離を置いた。 「なにをするの?」 「窓を壊すんだって言ってるね」 SPは水門を指差した。水門はよく見ると、格子窓のような形をしていた。 「何のために?」 ゴウは首をかしげた。問いかけられたSPも水門を見たまま、首を捻る。 「理由はよくわからないな」 「窓が壊れるといいことがあるのかな?」 「どうかな? 一長一短だろうね」 「『女王様に相談』って歌っているみたいだけど」 ハチが働きワームの列を指差した。 「じゃあ、女王様の命令なのかな? どっちにしてもわからないな」 「この世界は女王様の命令が全てなの?」 この世界に落ちてからよく耳にするその存在は、とても人々に恐れられているのではないかと、ゴウは考え始めていた。 「そういうわけじゃないよ。命令は女王を通して下されるけど、物事は議会で決まるし」 「そうだったんだ」 「この世界の秩序を保つのに、『世界』っていう漠然としたものじゃなくて、何かしら目に見えるものが必要なんだよ」 「世界を回っているだけあるのね。さすが」 この世界に秩序が、と驚いているゴウをよそに、ミューは感心して、SPを見上げる。 「いや、若気の至りだよ。体験したこともないハードボイルドな世界に身を置いた気持ちで作詞したさ。曲も作れないのに。ミドルネームを本気で考えていたダークすぎる過ちだ」 「それって」 「ああ。だれも何のために生きているかなんてわからないのに、一度は答えを求めたくなるんだ。無駄だけど、無駄を認めることは無駄じゃない。自分なりの落としどころを持つためにも、目に見える何かは必要なんだよ。だれもが目に見えないものだけを追い続けていたら秩序なんて言葉すら生まれてないさ」 「目に見えるものばかりを気にするのもねぇ」 ゴウの視線を感じたのか、SWがミューの頭上で苦笑いをしていた。 「試しに、ワームに聞いてみたらいいよ。『何のために働いているの?』とでも」 ゴウは、ワームを指差した。 「さっきから『女王のために働く』って言ってるよ」 ミューは苦虫を噛み潰したような表情をして、指差さないで、と小さな声で批難した。 「それが彼らの答えなんだ」 「このワームたちが、窓を開けることなんでできるの?」 半数以上は水に流される行列を指差すハチに、ミューは目で強烈なパンチを送っていた。 「いつかは開いてしまうかもしれないね。彼らは盲目的に、熱心に仕事をしているからね。まあ、どうなっても結局は大差なくなってしまうだろう。慣れてしまえば、過去のことなんて忘れるよ」。 「この先のことはわからないってことか」 そう呟いたハチの横で、ミューが、考え込んでいた。。 「あのワームたちは、どのくらい窓に挑んでいるの?」 SPを見つめながら聞くミューに、SPは目を瞑った。 「二十年くらいかな?」 「ワームって長生きなんだね」 自分より年上の可能性があると思うと、ゴウの心のうちは少々複雑だった。 「そんなに長生きしないよ。せいぜい数ヶ月」 「そしたら、なんで二十年も続いているの?」 「だれもが同じことを悩んで、同じ結論を選んだんだろうね」 働きワームに目を向けると、やはり、きれいに隊列を組み、強敵である窓に挑み続けていた。ワームたちは、ゴウの質問にも応じてくれないほど、盲目的に戦っている。その戦いは何のためなのか。ゴウにはわからない。けれど、そのうちの一匹が川に落ちただけでも、波紋ができて、広く遠くまで伝わっていく。その伝わるものがなくなると、また川はいつもの景色に戻っていく、ということは見ることができた。もしも、この窓がなくなってしまったら、ワームたちは何に挑むのだろう。ゴウはまだ見ぬ未来に想いを馳せてみたが、彼らはやっぱり何かに挑んでいるような気がしていた。

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