仮レ宙

4.So many men, so many minds《十人十色》

「本当に、本当に、大丈夫なんですね?」
緊迫した声が、閉ざれた部屋に響き渡たると、ドアの隙間から廊下へと流れていった。
「たぶん」
のんびりと空気に溶けるような別の声が答える。
「たっ、たぶんって無責任なっ」
「絶対なんて、この世にはないって知っているでしょ?」
「もし、命に関わることになったら」
ギョッとして耳を澄ましてみると、のんびりした声が凛とした声に変わって伝えた。
「生きている限り、命には関わり続ける。第一、あなたの希望でしょ。代わりはいるの」
ドアノブが動く音がして、それまでの穏やかでない会話を盗み聞きしていた清掃員は慌てて、ドアを離れた。ドアが開かれて、出てきた人物から「お疲れ様」という声を掛けられたときに、部屋の中をのぞいてみたが、そこには誰もいなかった。出てきたのは一人。腹話術をしていたと言われても信じることはできないが、確かに一人だったようだ。
深まっていく謎に、得体の知れない怖さを感じながらも、処世術に長けた清掃員は、自分に与えられた任務を全うすることで忘れてしまおうと決意したのであった。

見上げると、半円型の空からの青と赤の混じった色。足元には、一面にクローバーとシロツメクサ、ところどころにアカツメクサが混じった絨毯。花を目指してやってくるモンキチョウやモンシロチョウが足元と天井の間を彩っていた。
「はい。ステキな場所の王様に」
男の子は何かを思い出したように、ズボンのポケットの中に手を入れた。そして、右手を女の子の前に差し出した。四葉のクローバーが乗ったままの小さな女の子の手の上で右手を開いた。小さな、小さな輝くものが落ちて転がった。
「これは?」
「持ってるとしあわせになれるんだって、魔法使いにもらった」
手の中に落ちたのは、せいぜい三ミリ程度の宝石がついたバッチに見えた。
「魔法使い?」
女の子は目を輝かせて聞き返す。
「魔法でここに来たって言って、消えたんだよ」
「じゃあ、本物の魔法使いね。すてき」
なにやら、とても重大な秘密を持ってしまった二人は、真剣な眼差しで頷いた。
「でも、そしたらこれは私がもらっちゃダメよ」
女の子は両手を男の子の前に差し出した。
「持ってて」
男の子は女の子の手を押し返した。
「今は子どもで何もできないけど、大きくなったら結婚しよう。だから、持ってて」
「うん。絶対ね」
それ以外の選択肢は思い浮かばないのだろう。女の子は微笑んで、即答した。男の子は女の子の手から小さなバッチを取り、来ていたワンピースの襟元につけた。
燃えるような赤い光に照らされて、赤みを強めた女の子の右手を取って、男の子は来た道を歩き始めた。雲一つないよく晴れた日の夕暮れの空に黒いものは何も映っていなかった。そこにはただ、暖かい何かがあるだけだった。

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