仮レ宙

5.Tomorrow never comes.
《明日という日は決して来ない》

その年の冬は暖冬と騒がれていたのに、クリスマスの日は、それを裏切るかのように凍えるような寒さだった。華やかに彩られて、浮き足立った人の群れ。この時期特有の音楽は、ほのかな夢を見せてくれる。冴え渡る冷たさの中、遠くで青白く輝くリゲルがまるで何かを語りかけているという勘違いすら起こしてくれる。
あまりの寒さにコートの上からゆったり巻いたマフラーを引き締めて、不恰好なバームクーヘンのような形に巻き直す。手袋をした両手をさらにポケットの中に入れた。
胸の中にチクリと刺さる痛み、そして大きな期待とうれしさが入り混じった表現に困る気持ちを持て余していた。一歩一歩踏み進めるたびに、今までに残した足跡とこれから踏み出す一歩は、どちらが大切なのだろうというように珍しく感傷的な気持ちになっていた。けれども、そこには、次の瞬間が笑顔に満ち溢れたものだという、期待と自信があった。
待ち合わせ場所に向かう途中で、これからの時間を想像して、思わず、頬が緩むのを感じた。下がる目じりと、我慢しろと言い聞かせても上がってきてしまう口角を感じながら、幸せというものは、案外こんなものなのかもしれないとそのときのんきに考えていた。あんなにも不満を持っていた寒さはもう感じなかった。

君がゆっくりと優雅に空へ吸い込まれる夢をみた。
余所行きの日を越えて、普段着の日が当たり前に増えると思っていた。記憶の中で君はいつも笑っていて、その日も微笑んでいた。君が優しく笑う理由はなんだったのだろう。
あの時から、一体どれだけの時間が過ぎたのだろう。
君と過ごした景色は、今も頭の中で無声映画のように鮮やかに再生される。どれほどその続編を見たいと思っても、出てきてくれない。エンドレス。
君と違う場所で次の瞬間を待つようになって、どのくらいの時間が流れただろう。
君は今、元気なのかな。
そんなことを考えながら、今日もまた一歩踏み出す。うれしいことに、今は肩こりを誘発しそうな寒さは感じない。君は「嫌い」だと言っていたけれど、ジリジリその身を焦がす灼熱の太陽のほうが幾分マシだと思っている。
退屈になるはずだった時間も君と会話しているような感じがしている。

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