仮レ宙

8.Nothing comes of nothing.
《無からは何も生じない》

電車から降りると、ミューは「交番へ行こう」と思いがけないことを提案した。

ミューがいうことには、そのメモが正しいものかも疑う必要があるかもしれない、何かの罠の可能性もあるという。従姉弟のお姉さんの家に夏休みを利用して滞在する予定だが、二人だけで来たのは初めてだったので迷子になったと交番に駆け込み、一緒に行ってもらおうという作戦だった。違う人物の家だったら、従姉弟の「黒沢 透子」の家を探しているということで、そのまま警官と逃げられるだろうと考えたようだ。

ゴウは、『罠』と言われてもピンとこなかった。
一体、誰が、ゴウとミューがここにいると知っているのだろう。
ゴウとミューの家族にすら内緒の計画だった。
ましてや、タイムスリップという概念すら疑われている世界のはずである。
本当に、何かの罠であるとしたら、それはゴウやミューがどう足掻いても逃げられないものかもしれない。
しかしながら、ほかに相談できる人はいない。ゴウはミューを信じるほかないように思えるし、ミューもまたゴウしか信じる人はいないだろうと考えていた。

「君たちは、この人の家に何の用があるの?」
「二人で夏休みを利用して従姉弟のお姉さんの家に遊びに来たんだよ」
「へぇ、二人だけで来たんだ」
「うん。でも、二人だけで来たのは初めてだから迷っちゃって」
そう話すゴウはどこから見ても、本当の迷子のようだった。
「そうか、あの団地は大きいから、大人でも迷うみたいだしね」
納得した様子で頷く警官の言葉で、目的地が団地であることを二人は初めて知った。

遠くに見えていた背の高い建物が近くに見え始めたとき、二人は警官の言葉を正しく理解した。そこは、いくつも同じような建物が立ち、一角には商店もある巨大団地だった。これは、本当に訪ねていたとしても、迷子になっただろうと二人は納得した。

ここに来たこと自体が初めてだとばれてしまうのではないかと思いながらも、ゴウはその巨大な団地を見上げ、ぐるりと見回すことを止めることができなかった。ゴウを見て、同じようにミューも空を見上げた。
「すごいね、ベガやスピカだけじゃなくて、ドゥス・セクンドゥスまで見えるね」
呟きを漏らしたミューの小さな感動に、思いがけないところから返事が返ってきた。
「星が好きなの? そうしたら、いとこのお姉さんと河川敷に行ってみるといいよ。田舎には勝てないけど、きれいだよ」
意外な返事に驚いて、口が開いたままのミューに、警官は、行こうかと声をかけた。辿り着いたところは、例外なく同じような形をした団地のドアの前だった。

誰が出てくるのかという不安と期待で、ミューとゴウの胸は高鳴っていた。「人」という字を三回手のひらに書いて飲み込まなければと、心の中で呟くゴウの気持ちにも、勢いで来たものの、「敵」ではないだろうかというミューの不安にも、全く気づくことなく、警官はさっさとその部屋のインターフォンを鳴らした。目を大きく見開き、息を飲んだ二人の反応は関係ないのだろう。インターフォンを鳴らしたその部屋からは、何の反応もなかった。

「おかしいね。電気は点いているみたいだけど」
首を傾げる警官を見て、ミューが口を開く。
「あの、お姉さんはストーカーに遭っていたことがあったから、警戒しているのかも」
「それは大変だ」
「それで引っ越したから」
ミューの説明を聞いて、警官はすぅっと息を軽く吸い込んだ。
「黒沢さん、警察です」
それじゃ余計に怪しいんじゃないか。ゴウは、これ以上、彼が余計なことを口にしないことを願った。
「何の用でしょうか?」
聞き慣れた、けれど、少々違う声が中から聞こえてきた。ゴウがミューを見ると、ミューもまたゴウを見て頷いた。間違いないと確信した。
「お姉ちゃん、助けて」
ミューは、おばさん、母親の妹の声を真似た。元々、母親もおばさんも声が似ていて、ミューは母親と声が似ているので、それは簡単なことのようだった。
「迷子になっていたので、お連れしました」
ゴウはこの警官の説明に、心の中でガッツポーズをした。

ガチャガチャと鍵をいじる音がして、ドアが開かれた。中から出てきたのは、ボリュームあるパーマヘアに黒く光る肌、Tシャツと短パンという姿で長い手足を出している国籍不明、年齢不詳の女性だった。

ドアを閉められる前に、どう時間を稼ぐかということに考えを巡らせていたミューは、予想外の幸運な事態にゴウの手をとった。警官と中から顔を出した女性は、お互いの顔を見て、驚きの声を上げていた。舌打ちが聞こえてきそうな女性の不愉快さを湛えた表情に、警官が反応した。
「なんですか?」
「いえ、何でもないです」
女性から発信されるオーラは穏やかではない。対して、警官も少々、居心地が悪そうだ。
「では、確かに送り届けましたから」
警官はゴウとミューに片手を上げ、合図を送り立ち去った。忌々しげに警官を見る女性をよそに、二人は玄関に飛び込んだ。

予想外の訪問者に女性が改めて、その姿を確認した。
「あんた達、誰よ?」
不満気な表情を見せる女性に、ミューはにっこりと笑った。
「あなたの娘です」
女性は一瞬だけ動きを止めて、すぐに再起動した。
「はぁ? 私は出産経験もない単身者よ。養子縁組もしてない」
女性は、見知らぬ小さな侵入者を玄関からつまみ出そうと手を伸ばした。
「だって本当だもん。あなたの名前は黒沢透子。黒糖そら豆が好きで、コーヒーはいつもブラック。クラシックもジャズもR&Bも音楽は何でも好きだけど、元気を出したいときはパンクを聴く、それから、マンガ好きで」
「イケメン鑑賞が好き」
次々に母親についての特徴を話し始めるミューの言葉に、ゴウが上乗せをした。押し寄せる言葉の波に、女性は目に力を込めたように見えた。
「何でそんなこと調べているのよ?」
女性はドアを半分開けたまま、二人を見つめた。
「調べたんじゃなくて、一緒に住んでいるんだもん」
「だから、私は一人暮らしだって」
いつまでたっても平行線を辿る問答に、ミューはお願いだからと目を潤ませた。
「きちんと説明する時間をください」
女性は溜息をつきながら、ドアを閉めた。

ゴウとミューの気持ちが失望に変わりそうになったそのとき、再び、ドアが開けられて、女性がドアから出てきた。
「三十分以内で頼むわ。それと、不審な人を部屋には入れたくないから、河川敷で」
女性は廊下の窓から外を指差した。

河川敷に座ると、警官が話していたとおり、先ほどよりも多くの星が見ることができた。目線を下に向けると、川面に反射した電灯や団地の部屋から漏れる光が暗闇の中にゆらゆらと輝いていた。女性は二人と同じように河川敷に腰を下ろすと、空を仰ぎ、息を吸い込んだ。
「それじゃ、スタート。三十分計っておくわ」
「わたしがあなたの子供だと言ったのは本当です。わたしたちは二〇二四年から来ました」
「あ、あなた、十歳以下? ずいぶん、成長が早いのね」
ツッコミのポイントが違う。やっぱり、おばさんだ。ゴウは一人静かに納得していた。
「今年、十四歳になります」
「それはあり得ない! 二〇二四年から来たというのも信じがたいけど、万が一、それが本当だったとしても、二〇一三年の時点で私はあなたを生んだ経験がないわ。種を蒔く側じゃないし。あなたの言うことは、辻褄が合わない。まあ、一年で三歳くらい年をとるなら可能性はあるって、そんなことはないでしょ」
ゴウですら、そのことには気づいていた。それ以上に、自分のボケにも果敢にツッコミを入れるパワーに驚かされる。
「確かにわたしのママは『黒沢透子』に間違いない。けど、『あなた』ではないということも、ここに着いてから気づいている。たぶん、わたしたちはわたしたちの世界ではない過去に来てしまったのだと思う」
そんなの初めて聞いたよ、とゴウは心の中で非難した。
「多重世界の理論をもってきますか」
「わたしたちは、ここにいるゴウのお母親さんが一度死んでしまったようなのに、その二年後に彼が生まれたという事実があって、それを確かめに来たの」
話半分に聞いていた女性の右眉が上がった。
「死んだ人が子供を生む?」
改めて言葉にされると、あり得ないことであるのがありありとわかって、ゴウは自分が幻かなにかかと錯覚した。
「うん。それはあり得ないと思っているから、何が起きたのかを確かめたいの」
「でも、そういうことなら、あなたたちの過去でないここに、そして、何の関係もない私には確認のしようもないし、意味もないんじゃないの?」
自分の娘だと言い張る相手に、全く関係ないと言い切る。無関係と主張しながら質問してくるあたりがおばさんだとゴウは感じていた。
「あなたが関係ないとは言えないと思う」
「どうして?」
「わたしたちがあなたを訪ねたのは、この世界で誰かに、あなたの名前と住所を渡されたからだわ」
ミューはポケットを探り、ゴウに渡された紙切れを女性に差し出した。
「なんじゃあ、こりゃぁ?」
「わたしたちも一体、誰がどういう目的で渡したのかは知らない。でも、誰も知らないはずなのに、わたしたちがここに来ていることを知っていて、あなたのことを紹介した」
「それは、私がもう『何か』に巻き込まれていると言いたいのね」
「今は、何の検討もつかなくて残念だけど、そうだと思う」
「確かにね。そうなると、破天荒なのは誰かしら」
女性は、ゴウにも聞き取れないような小さな声で何やらブツブツとなにかを唱えていた。
「おばさん、だから、僕たちと同じ立場だよ」
ここぞとばかりに、ゴウが口を開いた。が、それは逆効果だったようで、睨み返された。
「私は知らない子に『オバサン』って言われるほど、年じゃないわよ」
ゴウが横を見ると、ミューは右手を頭にあて、はぁと深い溜息をついていた。その態度は、ママの性格を知ってるでしょ? と言っているようにも見えた。
「わたしたち、この世界でのあなたの呼び方を知らないもの。それ以前に、信じてもらえるかもまだ不安だし」
「『コクトウ』でいいわ。あだ名よ。信じる、信じないも、私自身がすでに『何か』に巻き込まれたのは確かでしょ。しかも、逃げることもできなそうね」
女性はゴウに向き合い、目に力を込めたように見える。
「あんた、『オバサン』ってこれ以上言うんじゃないわよ」
実際、伯母という立場でもあるはずの人物にそう言われてしまうと、困ってしまう。何より、そういう強引なところが、『おばさん』そのものだとゴウは心の中で反論した。ミューを見てみると、苦笑いしていた。
「でも、わからないことがもう一つ。もし、あんた達の言うタイムトリップが本当だとしたら、違う世界だと気づいた時点で戻っているんじゃない? そのほうが合理的だし、ツーリストじゃないなら、わざわざ滞在するリスクは負う必要がないでしょう」
「タイムマシンの部品をここで落としたみたいで、すぐは動けないの」
ミューは遠くに見える橋を指差しながら、肩をすくめてみせた。
「あぁ、そう」
「だから、見つかるまで泊めて」
「あ、あんた、図々しいわね」
「次元は違うけど、あなたの娘だって言ったでしょ?」

ニッコリと笑うミューを見て、コクトウは頭を抱えた。
「ウチは一人暮らし用の1Kよ。クーラーもない」
勝利を確信したミューは見えないところで小さくガッツポーズを作った。ゴウは、クーラーがないということに顔をしかめた。
「暑いなら税金の納付書と通帳見れば涼しくなるわよ」
ゴウの無言の反論に気づいたのかコクトウは、得意げに一言加えた。
「よろしくお願いします」
選択の余地はない。ゴウは丁寧な挨拶をした。イケメンと出会ったらどうしろっていうのよ、というコクトウの呟きをミューは聞こえないふりをした。
「わたしは、実羽、ミューって呼ばれています。こっちはゴウ。わたしの従姉弟」
「よろしく。従姉弟って、あきちゃんの子供ってこと?」
妹に当たる人物の名前を挙げるコクトウにミューは首を横に振ってみせた。
「パパの弟」
「って、そもそも『パパ』って誰?」
そういえば、そんな話題が上がっていなかったことに、ゴウも今さらながら気づいた。
「長谷川直人、で、ゴウのパパは」
コクトウは思考回路が一時停止したようで、動きを止めた。ややして、その回路は再び動き出したようで、川面を揺らす叫び声が響き渡った。それは、ゴウの父親の説明しようとしたミューの声を消してしまう、そして、いくら河川敷とはいえ、誰かに近所迷惑と文句を言われてしまいそうな悲鳴だった。

約束の時間、三十分を過ぎても、ゴウとミューの滞在を受け入れる様子のなかったコクトウを二人は丸腰であること、巨大組織がバックにいないことを一時間かけて説得した。そうして、三人の奇妙な共同生活は始まった。共同生活を送る以上ルールが必要という見解により、コクトウルールが読み上げられる。

その一、外出のスケジュールはコクトウに合わせること
つまりは、鍵は渡さないという意思表示であるとゴウは理解した。
その二、食事は自給自足もしくは食費徴収
その三、はだかで歩き回らない
その四、水光熱費は十日で五百円徴収
これらは失業者の貴重な手当てでは賄えないという宣言に聞こえた。
その五、多少のことではパソコンを起動しない
セキュリティよりも電気代を気にしているとしか考えられなかった。
その六、目につくところは清潔に保つ

ミューは特に異論を唱えなかったが、ゴウは不満を述べずにはいられないことがあった。それは、コクトウの日課のジョギングも外出に含まれ、これも強制的に同じことをするようにと宣言されたことだった。コクトウ曰く、人生は冒険そのもので体力が失われるとピンチに陥るのである。一体、どんな人生だと、ゴウは心の中で突っ込みを入れたものの、それを口に出すことはなかった。よく知るおばさんをパワーアップさせたようなコクトウに勝つなど、端から考えてはいけない。水光熱費まで徴収すると宣言したコクトウに「大人気ない」と思わず呟いたとき、ゴウはそれが間違いではなかったことを痛感した。
「圧倒的な事実の前では、変な常識も建前も通用しないのよ」
ゴウの呟きに心を痛めることなく、コクトウはニヤリと笑った。

暑くなる前にジョギングを済ませたいとコクトウは前の夜に話していた。ゴウは指定された開始時刻の二時間ほど前に起床したのだが、コクトウもミューも起きてくる気配はない。寝た時間は同じはずだった。話には聞いていたが、事実として、どうやら二人は寝起きが悪いらしい。朝からハイテンションなノリを覚悟していたゴウは、大いに安心し、そしてほんの少し寂しさを感じていた。
コップに入れた水を飲みながら、テレビをつけた。テレビの中では、笑顔のお姉さんが「今日も猛暑になるでしょう」と軽やかに伝えた。エアコンのないコクトウの家での「猛暑」は酷暑を意味していた。
「打ち水といってね、まだ涼しいうちに水で地面を濡らしておいて、暑さを和らげるのよ」
夏休みには必ず遊びに行くおばあちゃんの家でのある朝のことをゴウは思い出した。早速、バケツに水を汲み、ベランダにまいた。水は空気の中で、キラキラと輝く光の粒になったようにも見えた。すでに「暑い」といってもおかしくはない空気の中で、ゴウの手の中から放たれる水だけがひんやりしていた。
ベランダに水を打ち終えても、相変わらず二人はまだベッドの中にいた。
「おはよう。朝ごはんは?」

ようやくコクトウが起きてきた。
「まだ食べてない」
ゴウの返事に、コクトウはお腹が減ってないのかと聞いた。
「お腹は減るけど、朝ごはん用意できなかった」
言葉を詰まらせながら答えるゴウに、コクトウはふっと笑みをこぼした。
「じゃあ、教えてあげるわ。何がいい?」
ゴウはてっきり怒鳴り飛ばされると考えていただけに、その裏切りはうれしかった。
「スクランブルエッグ」
「そのくらい調理実習で習わなかった?」
 起き抜けのはずのミューの鋭い指摘にゴウは肩を落とした。
「習ったけど、覚えてないんだもん」
「ゴウは幸せなのね」
ゴウにはその意味はわからなかったが、自分もコクトウについて台所に移動しなければならないことだけはわかった。ミューは、ぼさぼさの頭のまま、トイレに入っていった。
「どんなスクランブルエッグが好きなの?」
「とろとろの」
「ここに卵を割って入れてね」
調理実習以来となる卵割りに、ゴウは小さく息を飲んだ。水が流れる音がして、ミューがトイレから出てきた。顔も洗ったのか、さっぱりした顔をしていた。
「大丈夫?」
心配そうに聞くミューに、ゴウは肩の力を抜くことなく頷いた。
「大丈夫よ。ゴウは、一人で。だから、その間にミューはサラダ作って」

司令官は新たな兵に指示を出しながら、やかんに火をかけた。ミューは冷蔵庫から野菜を取り出しているときも、野菜を洗っている間も心配そうにゴウの様子を見ていた。
「とろとろなのが好きなら、牛乳とチーズ適当に入れたら?」
「『適当』って、どのくらい?」
「好きなくらい」
「答えになってないよ。イイカゲンな大人だなぁ」
困って、情けない声になるゴウを見て、コクトウとミューは笑った。
「いい加減、上等じゃない」
「大人って、もっと、ちゃんとしているもんじゃないの?」
「ゴウの言うところの『ちゃんと』を教えてくれたら変わるかも」
「叱ったり、怒ったり、何か教えてくれたり」
「いやよ。受身の大人なんて製造したくないわ。第一、そんな器じゃない」
「無責任」
「その代わり、この世界にいる間は、隣で笑っててやるわよ」
「それだけ?」
「そう。それだけ」
「けち」
「好きなものなら自分で感覚をつかんでいきなよ。失敗してもいいんだから」
あくまでも答えをくれないコクトウに、ゴウは覚悟を決め、牛乳を手にした。
「あとは頼んだ」
「そんなこと言うとわけてあげないよ」
ゴウは助っ人が消えるのを恐れて、脅しをかけた。
「残念。でも、私、あまり卵を食べないのよ。だから、安心してゴウがいっぱい食べな」
コーヒー豆を蒸らし終えたコクトウは、コーヒーの香りとともにその場を離れた。

ジョギングは食後一時間以上空けて始めるというコクトウの決定により、コーヒーを楽しむ優雅な朝食後という時間が生まれた。コクトウが言うことには、夜走るほうがいいのだが、とんだ邪魔が入り予定がくるったそうだ。
「ミューがなくしたっていう部品は、代替できるものなの?」
「部品っていうからには小さいんでしょ? 見つけられるの?」
「難しいかも」
これが本音だったようだ。
「どんな形なの?」
「今、コクトウが着けているみたいなピアス」
コクトウは自分の耳たぶに左手をもっていき、ついていた二つのピアスを隠した。
「これは残念ながら、自分で買ったものよ」
さすがにそんなことは疑っていないとゴウは呆れたが、本人は本気だったようだ。それにしても気になるのは、一つだった。
「ミュー、ピアス型のメモリなんてあるの?」
ゴウはそんな存在を知らなかった。もともとインターネットくらいしかしないゴウには知らないことのほうが遥かに多いとは思う。でも、さすがにそんなものがあったら、記憶に残っていそうだなと考えていた。
「なくしたのが唯一のものだと思う」
「あんた達の世界でも流通しているものではないのね」
それは大変だわ、とコクトウは口の中で続けた。
「どうやって、メモリにしたの?」
ミューは痛いところを突くと表情で伝えてきた。コクトウはわかりきったことをというような表情で質問者のゴウを見た。
「拾ったの。光に当てたら数字が出てきて、決め手のかけていたコレに当てはめてみたらばっちりはまったの」
初めて聞いた経緯に、ゴウは頭を抱えた。
「そこから巻き込まれる運命だったんだ」
驚いたゴウに対して、コクトウは何を今さらと言うような表情のまま、溜息をついた。
「どちらにしても今は、それを探すしかないんでしょ?」
ミューは静かに頷いた。

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